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1910年から1911年にかけて、満州で大流行したペストの恐怖

2012.8.26 21:00 画像歴史・文化 # コメント(-)

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 1910年から翌1911年にかけて、清朝末期の満州で肺ペストが大流行しました。ロシア帝国と日本は、ペスト対策の実施を口実として満州進出の拡大を企図したそうですが、清朝政府は1911年、奉天で国際ペスト会議(奉天国際鼠疫会議)を開き、日露に限らずアメリカ合衆国やメキシコ、英・独・仏・伊・蘭・墺など数多くの外国代表をその会議に招くことで日露両国の影響力の低減をはかったと言われています。(wikipedia)

これらの画像は、当時のペスト感染者とその対策の様子を撮影したものだそうです。
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ソース:The Horrors of the Manchurian Plague in Pictures

 1910年10月に始まり、翌年の春まで続いたペストの大流行は、4万5千人から6万人の死者を出しました。
疫病死者の遺体
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防護服に身を包んだ作業員により隔離される感染者
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死亡した感染者の解剖を行うアメリカのティーグ医師
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ペスト犠牲者の棺は火葬の前に灯油に浴びせられ一度に燃やされる
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ハルビンの火葬場に運ばれる遺体
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防護服を着た医療チームが感染の疑いのある男性を調べる
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火葬場を検査する作業員
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遺体を棺に納める医療関係者
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作業後体を消毒する中国の医療スタッフ
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1400を超える遺体を一度に火葬する様子
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満州でペストが大流行した理由として、医学的知識の欠如があげられる。当局は安全に死者の遺体を処分する方法についても無知であった。

ペスト感染の作業にあたる男性受刑者たち
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ペスト感染者を発見し、隔離作業にあたる作業員
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外国人医師、ヤング博士は、ワクチンの開発にあたる。
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ワクチン研究室にてヤング博士とチャイ博士
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家ごと燃やされるペスト感染者の家
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病院の外にある棺を調査する犬
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日本で訓練を受けた消毒班
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ペスト検査の為耳から血をとる医療スタッフ
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