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1939年6月17日、フランスで行われたギロチンによる公開処刑の映像

2010.12.1 21:00 動画歴史・文化 # コメント(-)

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 ドイツ生まれの連続殺人者、オイゲン・ヴァイトマン(1908年2月5日 - 1939年6月17日)が、1939年6月17日、ベルサイユのサンピエール刑務所のすぐ外でフランスで最後の「公開処刑」となるギロチンによる処刑が行われた時の映像だそうです。

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1939: Eugen Weidmann, the last public beheading in France(via tamahime_b)



Eugen_Weidmann オイゲン・ヴァイトマンは、、ドイツのフランクフルトに生まれ。子供の時より盗癖があり、20歳のとき、強盗罪で5年の刑に服し、ザールブリュッケンの刑務所に収監されますが、その刑務所で、後の連続強盗殺人の仲間であるロジェ・ミヨンとジャン・ブランと出合ったそうです。

 1937年7月に、22歳のニューヨーク在住の女性を殺して、430ドルの旅行者用小切手を奪い、その女性の叔母に500ドルを要求する脅迫状を出すしました。1937年9月1日、今度はタクシー運転手を射殺し、車と現金2500フランを奪います。9月3日には、看護婦を射殺し、1400フランとダイヤモンドリングを奪いました。10月16日、劇場支配人を射殺し、財布から5000フランを奪い、10月27日、不動産業者を射殺し、5000フランを手に入れます。12月8日、ヴァイトマンは逮捕されましたが、逮捕の際、銃撃戦となったそうです。


Eugen_Weidmann_guillotine_1_big

Eugen_Weidmann_guillotine_2



 ギロチンは、斬首刑の執行具で、2本の柱の間に吊るした刃を落とし、柱の間に寝かせた人の首を切る装置。

 ギロチンは一見残酷なイメージですが、欧州ではむしろ人道的な死刑装置と位置づけられており、使用されなくなったのは比較的近年のことで、フランスでは死刑制度自体が廃止される1981年9月までギロチンが現役で稼動していたそうです。

フランスのギロチン。1792年型(左)、1872年型(右)
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 公開処刑に関しては、中世では公開される娯楽として扱われたそうで、フランス革命時には、首切り役人による公開の斬首刑からギロチンに変更されたことにより多数行われていたそうです。

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 フランスでは1939年、オイゲン・ヴァイトマンのギロチン処刑が最後の公開処刑となりました。公開処刑は常にお祭り騒ぎで、ヴァイトマンの処刑では周囲の建物までが見物のため貸切られるありさまであり、このような蛮行は国民道徳によくないとして、ついに公開は停止されることになりました。
 

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