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諸葛孔明の嫁、黄氏の仰天エピソード

2009.11.3 09:00 知る歴史・文化 # コメント(-)

koumei 三国志で有名な天才軍師、諸葛孔明は、風采も堂々とした体つきのたくましい長身のイケメンだったそうです。ところが孔明の妻は歴史にも名だたるブサイク(醜女)であって、その醜さは、史書にも記され、その結婚を冷やかす歌が歌われていたそうなんです。

 孔明の妻となった「黄」夫人は、恩師の黄承彦(こうしょうげん)の娘で、最初二人の結婚は、当時の人々の笑いの種となり、郷里では「孔明の嫁選びを真似るなかれ、黄承彦(阿承)の醜い娘をもらうはめになるぞ」と言う諺が流行ったほどなんだとか。

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諸葛孔明の妻:人は見かけによらぬもの

 黄夫人は色黒で赤毛のブサイク女だけど、、奇人孔明との相性は抜群の才能に満ち溢れた人物で、孔明が初めて彼女に出会った時からその天才的な才能は、現されていたといいます。

 ある日、孔明はご挨拶に恩師である黄承彦の家に行ったっところ、扉を開けた途端、2匹の獰猛な犬が面と向かって飛びかかり孔明をびっくりさせたそうです。黄家の女中がすぐに犬の頭を叩いたところ、2匹の犬はぴたっと動きが止まったそうです。よく見ると、この2匹の犬は、精巧に創られた木のからくり犬。孔明は、このからくり犬の独創的な発想を大賞賛したところ、黄承彦は、「これは、うちの娘が暇な時、遊びに作ったものにすぎない」と言いました。

 また、孔明は大広間の壁にかかっている『曹大家宮苑授読図』というきわめて精緻な絵を目にしてこれまた大賛嘆。すると、黄承彦はまたもや「これも娘が自分流に描いた下手な作品だ」と言いました。。このような多芸多才な黄月英に孔明は深く心服し、心惹かれていったのだそうです。

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 そうして、孔明は、黄を妻に娶り、黄は孔明に嫁いだ後、家の中の事は全て一手に引き受けていたので、諸葛孔明は何の心配もなく、国事に専念することができたのだそうです。彼女は物事を適切に処理し、人に接する時とても親切で優しかったと言われています。孔明の友たちも彼の家で暖かい接待を受け、月日がたつにつれて、彼女に抱いた『ブサイク女』の印象は尊敬の気持ちに切り換わり、みんな諸葛孔明の非常に優れている目に敬服し、聡明で才徳兼備な良い妻をめとったことに羨望するようになったと言います。

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 范成大『桂海虞衡志』によると、黄夫人は突然大勢の客が訪れても待たせないで食事を速やかに準備することができたそうです。その俊敏な身のこなしに驚いた客は、調理場に行ってのぞき見すると、いくつかの木のからくり人形が手伝っていたそうです。後に、彼女のこの発明が、孔明の大きな助けとなり、この技術に基づいて発明された『木牛流馬』という新たな輸送手段は、なんと十何万の大軍の食糧を運ぶ問題を解決でき、孔明が自ら兵を率いて魏を攻める北伐の時にはさらに、『連弩』という殺傷力の最も高い新兵器を発明し、魏国将軍の張部もこの武器に撃ち殺されたと言われているそうです。

 黄夫人は主人の孔明に対しても非常に配慮をし、孔明が夏に南方に出征した時は恐ろしい伝染病に出会うことを心配して、万一病気にかかった時に備えて『諸葛行軍散』と『臥龍丹』という薬も調合したと言います。

 「人は見かけによらぬもの」諸葛孔明は、外見にとらわれることなく、本質を見抜く力に長けていた。ってことなんだろうけども、孔明自体もかなりの切れ者。このカップリングはなるべくしてなったっていうかじゃあ何がいいたいのかというと、世の中のカップルってやっぱりそれなりにつりあっているのかなーってまあそういうことなのかな。

 まだ運命の人にめぐり合ってないとか、あれこれ言う前に、とりあえず相手と正面から向き合ってみるともしかしたら、その人こそが運命の人なのかもしれないし、自分の裁量にあった人の方が幸せになれるわけなのかもしれませんね、ああ普通にまとめちゃったよ自分のこと置いといてああやだ。今日も下界は狩り場だとか言ってる場合じゃないぞ。


三国志の中心人物の一人、名戦略家。諸葛孔明です。石湾・神算(孔明)

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