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電気椅子の歴史

2009.5.30 17:00 画像歴史・文化 # コメント(-)

くるま

 最初の実用的な電気椅子はトーマス・エジソンの被雇用者であるハロルド・P・ブラウンにより発明されたと言われています。彼は感電死の研究の為、ならびに、電気椅子の開発の為に雇われていたそうで、ブラウンの設計した送電方法はウェスティングハウス・エレクトリック社が開発した交流式で、当時、エジソンが商業開発していた直流送電は、送電可能な距離が短く、交流送電に大きく差をつけられていたそうです。電気椅子に交流を用いた訳は、交流は直流より致死的だという印象を与えたかったため、エジソンにより企てられた物だと言われています。

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История изобретения электрического стула (7 фото) ? Копипаст.ру

 死刑執行の方法として電流を用いる概念は、歯科医アルフレッド・サウスウィックにより生み出されたそうです。1881年、サウスウィックは酒に酔った男性が電線に触れ、即死するのを目撃し、電撃は絞首刑の代替として用いることが出来ると判断。当時広がっていた絞首刑の廃止論を背景に、1885年にニューヨーク州知事に就任したデイヴィッド・ヒルと協力し、電撃による死刑執行を法定することに力を尽くしました。同年、ニューヨーク州は、絞首刑に代わるより人道的で新しい死刑執行方式を決定するための委員会を立ち上げ、サウスウィックは州の電気死に関する委員会の委員を務めたそうです。同委員会は1885年から1889年の間、電気処刑を死刑の有効な一形態にする事を推奨しました。

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 直流送電のエジソンと交流送電のウェスティングハウス・エレクトリック社の両者とも、電流戦争の一環として自身の電送系が選ばれて欲しくはなかったそうです。なぜなら、消費者は犯罪者を殺すのに用いられている電流と同じ種類の物を自宅では使いたがらないであろうと思ったからです。

 その為エジソンと助手のブラウンは、交流電流は危険でありそれゆえ死刑執行に向いているという事を示すため、交流電流を用いて多くの動物を公開実験にて殺したのです。メディアにアピールする為に動物処刑を開催したエジソンたち。その残虐性が話題を呼び、処刑ショーは人気を博したそうです。

 処刑された動物達の多くは野犬や野良猫でしたが、1903年には3人の調教師を殺害した雌の象、トプシー (Topsy the Elephant)の処刑でイベントは全盛を極めたそうです。このイベントにおいて、「感電死、感電による死刑 」を示す『electrocution』という用語が生み出されました。

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 デモンストレーションは彼らの意図した効果をもたらし、交流の電気椅子は委員会により採択され、電気処刑の使用を許可する初めての法律が1889年1月1日に施行されました。1890年8月6日、ニューヨーク州のオーバー刑務所にて電気椅子による初の死刑執行が行われました。この死刑執行は悲惨な物だったと言われています。

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 1回目に17秒間に亘り、死刑囚は感電させられたが死に至らしめる事が出来ませんでした。2回目の感電にあたり発電機を充電する時間が必要となり、この合間に囚人からうめき声が聞こえたといいます。2回目の感電は、電圧が2000ボルトに加圧され、1分間以上に亘り行われた。この時の様子は、「現場は肉が焼ける匂いがたちこもり、囚人の頭部から煙が上がり、執行後に囚人の遺体から炎が上がった」と陰惨な状況を多くの報道陣により報道されています。

 1900年頃、ある囚人の発案により電気椅子の改良が行われました。従来は金属製の締め具で死刑囚を電気椅子に固定していたが、皮製の帯による固定に切り替えられた。これにより、拘束の効率と死刑囚の肉体が焼け焦げる問題が改善されそうです。

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現在電気椅子による処刑を行っているのは、アメリカの一部の州のみとなっています。最後に行われたのは、1979年5月25日だそうで、今なお、多くの州が死刑囚に電気死刑もしくは薬物注射の選択を許可しているのだそうです。

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